たまには思い出して、、、

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—こちら「生活」のコーナーでは、子供たちとの日々を綴ります—

夫と子供たちがやっと眠りについて、さて、わたしは一人、ワインを飲みながら静かに過ごしております。こんな事は、とっても珍しいです。ママの耳が無いと未だに眠れない娘と共に、夜9時にベットに入ると、大抵わたしも一緒に朝まで寝てしまうからです。今日は、夫が子供たちと布団の中で遊んでいる内に、寝てしまったようです。
子育て中の世の母は皆そうだと思いますが、日々の生活や雑事に追われて、なんて慌ただしく毎日が過ぎて行く事でしょう!

この写真は、2005年に、ニューヨーク生活中に、ジャクソンポロックのアトリエから歩いて行った先の湿地帯で撮った一枚です。この写真は、わたしが撮った写真の中でも、特に気に入っている写真です。生後二週間余りの息子と、それを覗き込む二歳前の娘。この二人が、こんな風に、日本から遠く離れた国の美しい自然の中に確かに存在していたとは、帰国後に見ると、いつも不思議な感じがするのです。それに、あの時の気持ち、風、時間、空間、全てがわたしにとって、大切なものとなっています。
「般若心経」によると、この世の全てのものは実体が無く宇宙は粒子で満ちています。わたしたちも、宇宙のなかで、粒子でできています。般若心経を知り、柳澤桂子さんによる般若心経の現代語訳「生きて死ぬ智慧」を読んだ時の衝撃。そして、その後に訪れる静寂。
普通に現代社会で生活していると、様々な「欲」に捕われて、欲を追求する挙げ句に、様々な苦しみを味わう事になります。わたしも、欲する余りに苦しむ時には、ふと目を閉じて、宇宙の全ての粒子を意識するようにしています。わたし自身も、そして周りの全ても、粒子で、それは境目が無く交わっているのだと。そうすると、「欲」自体が無意味に思えて、「欲」から解放された、なんとも幸福な感情が蘇ってくるのです。
まぁ、それは特別な時の意識ではありますが、日常では、子供たちの存在がわたしに幸福をもたらしています。子育てとは大変なもので、時には煩わしく思う事もありますが、それでも、子供の存在、子供のエネルギー、子供の無垢さは、かつては子供であった大人を確実に浄化しているのだと、子供を産んでから初めて気がついたのでした。